takeさんのnikki ~"K2”さん日記~

ダイバーシティを追求 ネットと紙媒体に舵を切る 14が好き。医師、意志が好き。

海のものとも山のものとも"東京競馬場へいこう!”|"0才から100才まで学び続けなくてはならない時代”というワードに強い印象

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東郷寺(とうごうじ)は、東京都府中市にある日蓮宗の寺院。東郷平八郎の別荘跡に建立された。

境内東側にある山門は荘厳かつ巨大なもので、2010年度の東京都選定歴史的建造物に指定されている。1940年(昭和15年)に建立、設計者は著名な建築家・建築史家の伊東忠太である。のちに黒澤明監督の映画『羅生門』に登場する門のモデルになったといわれる。映画に登場する羅生門は二階建てだが、二階部分を取り除けば屋根の形状から石段の様子まで、東郷寺山門と瓜二つである。府中崖線の段丘(ハケ)を利用して造成されており、手前に急勾配の階段がある。山門の由来は門脇の石碑に記されている。

東郷寺 - Wikipedia

写真で"一言”ならぬ、写真で"時を越えて日記を書く”をしてみる

"そうだ、東京競馬場へいこう!”

 スマホに収められている写真を見ることをしてみました。

 2018年後半を振り返りつつ、当時のことを少し思い出しました。

 気になるものが多数あったので、"写真で一言ならぬ、写真で日記を書くをしてみる”

 当時を振り返りつつ、"時を越えて日記を書く”をしてみようかな、と思います。

 トップ画像にある、写真ですすめていこうかなと思いますので、よろしくお願いしますね(*‘ω‘ *)

東郷寺(とうごうじ)黒澤明監督の映画『羅生門』に登場する門のモデル

 11月某日の写真です。

 この日も、いつもと同様に早起きしていました。

 朝から、これと言ってする事もなかったので、「そうだ、東京競馬場へいこう!」と意気込んで家を飛び出したのです。

 ただ、そこは無鉄砲だったか、早朝過ぎる。

 現地付近についたものの開門されておらず、流浪の民となりました。仕方なく、付近を散策。そのさなかで収めた一枚となっております。

解説①

競馬に対する思いに変化がみられている。昨年の夏場以降そういった思いが強く出てきており、馬券にかんしても、あまり興味がわかなくなっている。ギャンブルに興味がなくなった。ギャンブル依存が無いと言えそうだ。前後して、アルコール依存も無くなったように思う。そういったモノより、人が大事。人の心が大事なのだと考えるようになった。そのように考えられる最初の切っ掛けはアイツだったのだろうし、昨年7月以降のことも、そうなのだろうと考えています。

東京競馬場(とうきょうけいばじょう/ 英: Tokyo Racecourse)は、東京都府中市にある中央競馬の競馬場。所在地から府中競馬場(ふちゅうけいばじょう)とも通称される。施行者ならびに管理者は日本中央競馬会である。

敷地内施設として、JRA競馬博物館・乗馬センターの他、馬車(ホースリンク)・水遊び広場やミニ新幹線など遊園地のような遊具やイベントが行われている。

東京競馬場 - Wikipedia

海のものとも山のものとも 

"東郷神社が原宿にあったな” 今度行ってみようとも

 東郷寺。

 東郷家の別荘・農園跡に東郷平八郎没後に旧日本海軍関係者が中心となって建立したのだとか。

 黒澤明監督『羅生門』のモデルとなったとのことでした。

 競馬場付近を散策している最中に、海のものや、映画、建築などに触れられたのも楽しい感じがしました。

 当時も、映画『羅生門』についてあれやこれやとイメージしながら歩いていましたし、「東郷神社が原宿にあったな、今度行ってみよう」とも。

様々なことがイメージとして膨らむ "乃木神社も行かなくちゃ!”

 原宿の東郷神社については、いずれ書いていくとしても、競馬場付近を歩くことでも、発見があり、様々なことがイメージとして膨らんでいくように思います。

 あ、馬だし、「乃木神社も行かなくちゃ!」みたいな。

追記:東郷神社、行ってきたよ(*‘ω‘ *)

東郷平八郎 (講談社学術文庫)

東郷平八郎 (講談社学術文庫)

東郷 平八郎(とうごう へいはちろう、弘化4年12月22日(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日)は、日本の幕末から昭和時代初めの武士(薩摩藩士)、海軍軍人。最終階級は元帥海軍大将。日清戦争では「浪速」艦長として高陞号事件に対処。日露戦争では連合艦隊司令長官として指揮を執り日本海海戦での完勝により国内外で英雄視され、「陸の大山、海の東郷」「アドミラル・トーゴー」「東洋のネルソン」と呼ばれた。世界三大提督(ジョン・ポール・ジョーンズ、ホレーショ・ネルソン、東郷平八郎)の1人。各地の東郷神社に名を残す。位階は従一位、勲位は大勲位、功級は功一級、爵位は侯爵。

東郷平八郎 - Wikipedia

黒澤 明(くろさわ あきら、新字体:黒沢、1910年(明治43年)3月23日 - 1998年(平成10年)9月6日)は、日本の映画監督、脚本家である。妻は女優の矢口陽子。

ダイナミックな映像表現とヒューマニズムに徹した作風で、『羅生門』『生きる』『七人の侍』など30本の監督作品を生み出し、アカデミー賞と世界三大映画祭(ヴェネツィア、カンヌ、ベルリン)で賞を得た。

小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと共に世界的にその名が知られ、映画史においてはスティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、北野武などの映画人に大きな影響を与えており、日本では「世界のクロサワ」と呼ばれた。

黒澤明 - Wikipedia


Rashomon (1950) 羅生門

黒澤明監督作品 AKIRA KUROSAWA THE MASTERWORKS Bru-ray Disc Collection II (7枚組) [Blu-ray]

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乃木神社だけでなく、高橋是清翁記念公園にも立ち寄れた

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新装版 殉死 (文春文庫)

新装版 殉死 (文春文庫)

乃木神社(のぎじんじゃ)は、明治時代に活躍した軍人であり明治天皇の崩御の際に殉死した乃木希典を祀った神社。日本国内に複数の乃木神社がある。乃木の出身地の下関市や別邸のあった那須塩原市など、乃木ゆかりの地に多い。

乃木神社 - Wikipedia

乃木 希典(のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 1912年(大正元年)9月13日)は、日本の武士(長府藩士)、軍人、教育者。日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死したことで国際的にも著名である。階級は陸軍大将。栄典は贈正二位勲一等功一級伯爵。第10代学習院長に任じられ、迪宮裕仁親王(昭和天皇)の教育係も務めた。「乃木大将」や「乃木将軍」と呼ばれることも多く、「乃木神社」や「乃木坂」に名前を残している。

乃木希典 - Wikipedia

後日、乃木神社に行くことにしました

 日を改めて、乃木神社に行くことにしました。

 この日も早朝から家を飛び出し、北は亀有までとし、日暮里などを見てまわり、そ中に、あらかわ遊園に立ち寄ることもできました。

 目的地の赤坂周辺にたどり着き、「高橋是清翁記念公園」に寄ってから、お目当ての乃木神社に参拝することができました。

 乃木神社は、以前、いや、相当昔に訪れたことがあったかと思うのです。

 ただ、そのあたりの記憶が曖昧なので、もう少し思い出すことができたなら、当時のこともお話しできると思います。

 高橋是清記念公園も興味深かったですね。また、訪れたいと思っています。

※"北は亀有”記事はここにあるよ(*‘ω‘ *)

解説②

神社仏閣がどうこうという事ではなく、幅広い人に働きかけることができるとよいなあぁと考えており、"0才から100才まで学び続けなくてはならない時代”というワードにも強い印象を受けた。自分もそういう感覚があり、良い影響は積極的に受けていないなと考えております。悪いものより良いものを吸収して行きたいなと考えております。当然、アウトプットも良いものにかわりますからね

乃木希典 (文春文庫)

乃木希典 (文春文庫)

園内で撮影して来ました

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日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち (新潮選書)

日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち (新潮選書)

高橋 是清(たかはし これきよ、1854年9月19日〈嘉永7年閏7月27日〉 - 1936年〈昭和11年〉2月26日)は、日本の幕末の武士(仙台藩士)、明治、大正、昭和時代初期の官僚、政治家。立憲政友会第4代総裁。第20代内閣総理大臣(在任 : 1921年〈大正10年〉11月13日 - 1922年〈大正11年〉6月12日)。栄典は正二位大勲位子爵。幼名は和喜次(わきじ)。財政家として知られているため総理大臣としてよりも大蔵大臣としての評価の方が高い。愛称は「ダルマさん」。

高橋是清 - Wikipedia