takeさんのnikki ~"S”さん日記~

"通信、紙媒体、J-ROCKの三位一体でこそ” ヤタガラス、ライオン、ユニコーンのトリニティを内包(*‘ω‘ *)

生まれ持った能力以前に、環境や境遇といった“運不運”で一生が決まってしまうと考えるようになった

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横浜スタジアム(よこはまスタジアム)は、日本の神奈川県横浜市中区の横浜公園内にある野球場。プロ野球セントラル・リーグに所属する横浜DeNAベイスターズの本拠地(専用球場)として使用されている。通称:「ハマスタ」。本項目では運営会社の株式会社横浜スタジアムについても述べる。

1978年3月、老朽化した横浜公園平和野球場(よこはまこうえん・へいわやきゅうじょう、通称「平和球場」)の跡地に竣工。同年より、川崎球場(現:川崎富士見球技場)から移転した横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の本拠地となったほか、神奈川大学野球連盟のリーグ戦や、全国高等学校野球選手権神奈川大会、横浜市長杯関東地区大学野球選手権大会(明治神宮野球大会出場決定戦)、社会人野球等、アマチュア野球の会場としても用いられる他に、アメリカンフットボールの会場としてもしばしば利用されている。高校野球夏の大会では、開会式のほか1回戦から使用され、準々決勝以降は保土ケ谷球場にかわりメインスタジアムとなる。

横浜スタジアム - Wikipedia

生まれ持った能力以前に“運不運”で一生が決まってしまう

環境や境遇といった外部要因由来の悪いインプットに苦しむ

 生まれ持った能力以前に、環境や境遇といった“運不運”で一生が決まってしまうのだろうと考えるようになった。

 横浜時代に付き合っていた友人からも、そういった印象受けるし、2006年8月“ひとつの世界のおわり”以降に知り合った人びとからも同様の印象を受けた。

 いくら、生まれ持ったものが長けていても、環境や境遇に恵まれないと、力の半分も出せないまま、終わってしまうのだろう。

 そう考えるようになった。

 そのひとも、同様の悩みに苦しめられていた。環境や境遇といった外部要因由来の悪いインプットに苦しめられていたように感じる。そういった話は度々聞いたし、学生時代の話は、ほぼほぼ、そういった類のことだったか。

 つまり、“イジメ”

学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

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天然は否定できないが、学校でイジメられたという記憶はない

 ちなみに、僕自身、学校でイジメられたという記憶はない。

 天然だったという可能性は否定できないところでもあるが、イジメられたという感覚はない。むしろ、喧嘩っ早く、武闘派だったか。

 もし、調子を崩したとしたなら、理由はほかにあるという事になるのか。

 それは、また別の話としても、イジメとは、閉じた空間における、物理的悪意に他ならない。数の暴力。情報を閉ざさせることで、より暴力性が増す。

 危険だ。

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2009年7月五反田。もうひとつの世界が終わる....

いわゆる“スケープゴート”ということになるのだろうか

 同じ“モノ”の悪意に苦しめられたひとが、逃げるように“最悪の選択”をしてしまった。都営浅草線改札前での口論が引き金となった。

 1995年に東京に出てきて以降、終始“モノ”の悪意に苦しめられていた印象がある。僕の話だ。いわゆる“スケープゴート”ということになるのだろうか。

 力を発揮する機会を失っていた。

 できる限り、自分ひとりの力で全てできるようにと努めた。

日常生活すべて“ガチンコ”は当たり前だ

 無論、一人で全てのこととなると、すべてに本気で向き合う必要に迫られる。“設定”やフィクション、ファンタジーといったものとは別の勝負になる。

 “ガチンコ”だ。もちろん、そういった“設定”を否定するものではない。

 日常生活すべてガチンコは当たり前。当然のことだ。設定があるわけがない。

 すべてのことを一人でこなすことを追求することは、すべてのことと本気で向き合う事でもある。時間がないから、できる限り無駄を排除。

 “ガチンコ”なさまが、結果として、“最悪の結果”を呼ぶ。

医者が教える食事術 最強の教科書――20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68

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後悔としてあるのなら、丁寧に話を聞いておくべきだったと...

 リハビリを終え、再度、同居を再開した。

 少しづつ回復をみせていたか。

 リハビリ的な運動も付き合った。ただ、根本的な回復は難しいようだ。少しづつ元気をなくしていった。

 心配になり、出かけるように促すことにした。

 そのひとの本音を知ることは難しいのかも知れない。そのときの本心を知ることはもうできないのかも知れない。

 後悔としてあるのなら、もう少し、丁寧に話を聞いておくべきだったと、本当の心を知ることが出来たのかも知れないと、そう思うのだ。

人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち

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