takeさんのnikki ~"K2”さん日記~

ダイバーシティを追求 ネットと紙媒体に舵を切る 14が好き 東京は嫌いだが江戸は好き(*‘ω‘ *)

そうだ“タケさんドクトリン”を発動しよう |"バカと付き合わない” 敬遠します。やっぱりアホが好き

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そうだ“タケさんドクトリン”を発動しよう

"バカと付き合わない” 敬遠しますね

 理不尽さしか感じない。やはり、合わなかったのだろう。

 上京してから、なおさらそういった思いが強くなっていた。

 "合わない”

 そういった思いが、一度東京から出てみるという選択だった。引っ越し先として日吉を選んだのだ。ただ、そこでも上手くは行かなかった。

 "人に関わらないで生きていこう” "ひとりで全てできれば問題ないだろう”

 と考え、できる範囲内から、身につけていこうと繰り返し行っていった。

 "ガチンコ”

特性を無視し、あわない事を続けさせるから個性を殺す

 すべて自分でこなすとなると、時間は足りるはずがない。

 本気で向き合う以外は無くなる。下手くそでも、物事に本気で向き合い、繰り返し行えば、自然と身についていくはずだし、上達するはずだ。

 教わる必要は無いはず。

 本来持ち合わせたものが、確かなものなら、環境さえ整えてやれば、力を発揮できるはずだし、繰り返し行っていけば開花させられるはずだろう。

 下手に手を加えようとするから失敗する。

 特性を無視し、あわない事を続けさせるから個性を殺してしまう。

 死んだ。

 

寝つきが悪くなったのも上京してから"ショートスリーパー”

 はやめに床に就いたものの、なかなか寝付けない。

 気づくとうなされている。そうか、眠りについていたか....

 “うとうと”としてると良くないイメージがわく。気づくと良くない夢で“ハッと”なって目が覚める。繰り返し。

 ここ半年そんな感じよ(*‘ω‘ *)

 

追記①

近頃は、落ち着いて生活できているせいか、寝つきも良い。良くないインプットを避けている効果が出始めている。"タケさんドクトリン”もそうなら、雑踏では"眼鏡を外して行動”もそう。そのことで、太陽光が眩しいということや、車や自転車のライトの灯りの眩しさを避けることが出来る。

"眩しさを避ける”というのは副産物で、本来は、良くない働きかけを避けるために、眼鏡を外していただけ。すると、眩しさも避けられるにも同時に繋がった。視力が良くないことが、結果プラスに。

ショートスリーパー(short sleeper)とは、短い睡眠時間で健康を保っていられる人間のことであり、短眠者(たんみんしゃ)ともいう。

一日の平均睡眠時間は7-8時間程度が健康的とされるが、6時間未満でも生活できる人間がいる。ナポレオン、エジソンは4時間、フランツ・ヨーゼフ1世は3時間[1]しか眠らなかったという説があるが、真偽のほどは不明である。

逆に、長時間の睡眠を要する人間のことを、ロングスリーパーという。

ショートスリーパー - Wikipedia

実は、幼少の頃から良くない夢にうなされていた....

  幼少の頃から良くない夢にうなされ、毎晩のように、寝ぼけていたのだとか、いないのだとか。

 ひどい寝言をいったとか、いわないとか...

 ただ、どうも良くない。現状良くない事がまわりで起きているし、良くない考えしかうかばない。24年経ても、何も変わらない。

 “あぁ、向いていないね”

 私のキャラクターに環境が追い付いていない。合わない。ハマらない。ハマらないものを合わせようとするから、調子がおかしくなる。

 この繰り返し。24年もそんな感じ(*‘ω‘ *)

 

そんなことを考えながら、川向うに行ったとか

悪いアウトプットをとにかく避けたい

 “合わない”“ハマらない”“周りのものが面白くない”“面白くないのだから何をやっても面白くない” 

 そんなことを、眠りにつく間際まで考えていたのだよ。

 恒例のショートスリーパーを発動し、PCの前に立つも、やはり面白くない。

 競馬でもしようと思ったものの、“予想をするもんではない”と気づく。また、“レース後に云々するのも如何なものか”と考えたのだ。

 プロの予想家の方や競馬記者が、実際に出向いて、現場の方から直に情報を得てきて頂けている。それを、新聞やらネット上に反映してして頂けている....

 そんなことを考えると、素人考えで云々するのは良くない事、つまり悪いアウトプットと考えています。

 

学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

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二四六九士(にしむくさむらい) 東京にいても心は西へ

 以前から、勝利至上、損得勘定というものをひどく嫌っていた。それは、上京する以前から、そうだったのだ。そのことで、周りのものと相いれることが難しくなっていた。

 環境が“ハマらない”というなら、そう言うことになる。 

 理屈を優位にさせ、心に重きを置かないこと。

 損得勘定や勝利至上が、文化になるはずがない。それは、理屈だから。情やなさけではないから。理屈で情けはかけられない。損をする事を知っているから。

 損得でなさけをかける事など、嘘でしかない。

 理屈。

 

〔「士」は十一を一字にしたもの。西向く侍の意〕
小しようの月(2月・4月・6月・9月・11月)を並べて覚えやすくしたもの。

二四六九士(にしむくさむらい)とは - コトバンク

“過去の同レースを振り返る”が良いと考えたが

 予想する事や、レース後に云々するのではなく、“過去の同レースを振り返る”のが良いのではないかと考えた。

 個人的な、競馬の楽しみ方のひとつとして、馬券ではなく、過去のレースを振り返っていく。当時の時代背景などとリンクさせたり、当時の流行などをお話していく。

 それも一つの楽しみ方として良いかなと考えています。

 前向きさを発揮していたが“未来を見る以外なくなった”

 追記:5/15

 競馬の楽しみ方について、前向きさを発揮してみたものの、イメージされることが良くないことばかりになってしまった。

 “サイアク”な記憶だけが残ってしまった。

 振り返ることに、救いは一つもない。記憶が良くないものになってしまったのだから、競馬というスポーツが向くわけがない。

“サイアク”なものに置き代わり、歴史も終わってしまった....

 競馬は、過去の積み重ね。

 “ブラッドスポーツ”

 それは、歴史そのもの。

 過去の積み重ね。人の営みの積み重ねだ。人の心を紡いでいったものが文化や歴史になってきたはず。ただ、“サイアク”なものに置き換わってしまった。

 歴史が終わってしまった。素直な感想だ。

 未来を見る以外なくなってしまったのだ....

 

ニッポン2021-2050 データから構想を生み出す教養と思考法

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バカとつき合うな

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