#1kikunaさんのnikki ~“kikuna9”さん日記~

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受け取る側は、それ以前の経緯を知らないため誤解する |知ってもらう事から始める"コミュニケーション”

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"いかに悪いインプットを避けるのか”がテーマに

 来月の15日で、ブログを開設してから2年経ちます。

 よその場所で始めたのですが、最初は右も左も分からない状況だったのですが、繰り返し行うことによって、少しづつ上達して行きました。3年目に突入しますが、今後ともよろしくお願いいたします。

悪いインプットが、悪いアウトプットに

それ以前の経緯を知らないため誤解する

 "いかに悪いインプットを避けるのか”を、終始考えているのだ。最近は、そんな事しか考えていない。

 "悪いインプット”により、良くない考えに陥りやすくなってしまう。そういった事が原因となり、結果、アウトプットされるもの良くないものになってしまっている。過去を振り返ってみると、そういう事になってしまう。

 ただ、アウトプットされたものを受け取る側は、それ以前の経緯を知らない為、"アウトプットされたもの”そのもので判断するしかなく、"悪いアウトプット”だったとしたならば、良くない印象を持たれてしまう。経緯など関係なく、持たれてしまうのだ。

知ってもらう事から始める"コミュニケーション”

 理解できる話なのだ。

 あまりにも、以前の事を話さなさ過ぎた。だからこそ誤解で成り立ってしまったのだ。理解できる話。

 できる限り、自分のことや、考えていることを自分の言葉で話していこうと思う。

 そのことで、誤解が減るのか、どうかは分からないが、自分を知ってもらう事に繋がるはず。まずは、そういったことから始めなければならないのだろう。

Wikipediaなどで知ることでも、親近感がわく

 例えば、Wikipediaなどで、芸能人やスポーツ選手などの情報を知ることで、親近感がわいたり、持っていたイメージが覆ることがあるのだ。おおよそ、良いイメージに変化している。やはり、その人を知ることで、受ける印象は変わる。

 話していく必要がある。人を知る必要があるのだ。どういった形であれ知る必要があるのだ。人が携わることで、全てのものごとが成り立っている。

 人がいなければ成立するはずがない。

バカの壁 (新潮新書)

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本人の適性というものがある。向き不向き

"良くない”と感じるのは本人も...

 もちろん極論ではあるが、冒頭の"悪いインプットを避ける”という事から、そういった考えに至った。

 "良くないインプット”とは、文化侵略そのもの。

 とはいえ、本人にとって"良くない”と思っていたとしても、周りはそう考えていない場合もあるし、また、その逆もある。

 良くないと感じるのは、インプットそのものから不自由を感じるからだ。

 たしかに本人にとっては、インプットから不自由を感じるかもしれないが、そういった物事を吸収することで、のちに、結果として、本人が生きずらさや、不自由さを感じないようになっていればいい。

本来、発揮すべき力を伸ばすため

 本来、発揮すべき力が出せていれば、そういった状態になっているはず。"発揮すべき力”というものを引き延ばすためのインプットが必要になるのだろう。

 本人にとって、不自由とそのときは感じていたとしても、"発揮すべき力”というものが引き出せるのであれば、多少の不自由は仕方がないのだろう。

 人の親なら、そう考えるのではないのか。

 ただ、"向き不向き”を見るために、コミュニケーションを日々怠ってはならないのだろう。

 

バカとつき合うな

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